#058 ヘナタトゥーを自分でやってみた。

インド旅行に向けて、ヘナタトゥーを自分でやってみました。

 

ヘナとは、インドやネパール、中東などで使われる塗料のことで、一度皮膚に浸透すると1週間ほど色が持続します。インドでは、結婚式のときに新婦の手や腕に細かいヘナアートをします。一度、テレビで見たことがありますが、非常に細かくて美しい模様を長い時間をかけて両手にびっしり施していったのを覚えています。

 

 

観光客がインドの町中でヘナアートをやってもらうことはできるのですが、3000円とか取られます。

 


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そんなヘナですが、今年の3月にブータンを訪れた際に立ち寄ったインドで買ってきたので、今日までずっと保管してありました。わかりにくいですが、上が茶色、下が焦げ茶色のヘナです。

 


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ちなみに、我が家でのヘナ保管容器はこちら。ブータンの気圧で1本が爆発したため、急遽これに入れてブータンから持ち帰ったのですが、密封できるし、サイズもぴったりだし、容器は丈夫だし、おすすめです。笑

 


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用意するものはヘナとゴム手袋と新聞紙とデザイン見本。私は以前に3回ヘナをしたことがあるので、その時の写真と、ネットで見た簡単そうなデザインを見ながらやりました。

 

 

本当はヘナのキャップを取り、中栓に穴を空けないといけないのですが、ブータンで爆発した時に穴が空いているので、今回は省略。お菓子作りで使うチョコペンみたいに、中栓にペン先をしっかりはめて、ヘナアートを開始しました。

 

 
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まずは、手の甲に蓮の花。思ったよりは描きやすいのですが、ふとヘナペンを見てみると中栓とペン先の間からヘナがどろっと溢れてました。急いでティッシュで拭き取ったのですが、私の栓の締め方が緩いのか、以降も時々溢れてきました。その後は指先。以前やってもらったものをそのまま真似しました。20分ほどで完成。

 


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それから、腕にもやりたくなり、挑戦しました。ヘナアートでは、花を描くことが多いそうなので、腕にも花を描きました。所要時間10分。

 

 

手と比べて、腕はとてもやりやすかったです。慣れてきたこともあると思いますが、描く場所が広かったこともあると思います。

 

 

私は右利きなので、今回左腕にヘナアートをしたのですが、左手→左腕の順で描くと、左腕に描いているときに、右手が左手に触れそうになりました。腕にのびのびと描いてから細かい手のアートに入った方が楽なこともあるので、左腕→左手の順で描くことをおすすめします。

 

 

それから、1時間ほど乾燥させます。以前、インドやUAEでヘナをしたときは、乾燥してくるとポロポロとかさぶたみたいにヘナが取れてきたのですが、今回はそんなことがなく、たまに関節のあるところのヘナが浮いている程度…。もしかしたら、上手く着色できてないのかなー、なんて思っていたら、しっかりと色がついてました。乾燥したヘナを取る作業は何とも気持ちいいです。

 


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完成品がこちら。美術素人がやった割にそれなりの出来映えではないかと思っております。笑

 

 

なお、今回は使わなかったですが、スタンプを押して、その線をヘナペンでなぞるという方法もあります。インドではかわいらしいスタンプも売られているので、美術が苦手な方はインドでヘナとスタンプを買ってくるといいと思います。

 

#057 スロヴェニアで8月15日を過ごしてみた。 (2011.8.15)

日本では、8月15日と言えば終戦記念日ですが、キリスト教(カトリック)圏では8月15日は「聖母被昇天祭」という祝日です。

聖母の被昇天 - Wikipedia

 

 

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私は、8月15日にヨーロッパを2回訪れたことがあるのですが、祝日になると、本当にみなさんお休みされるのですね…。人がいない…。お店が閉まっている…。涙

 

 

ということで、その時の悲しい思い出を今日は書きたいと思います。

 

 

① 2007.8.15  in フランス

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この日はパリからモン・サン・ミッシェルへの日帰りバスツアーに参加しました。8月15日が祝日ということは予約の段階で知っていましたが、特にこの日にバスツアーを敢えて入れたわけではありません。フランス滞在はわずか2日で、翌日にイタリアに行くことになっていました。

 

 

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ツアーに含まれていた、名物ふわふわオムレツも食べました。個人的な感想ですが、コレって言うほどおいしいですかね?泡を食べているみたいでしたよ。世界のワ〇ベ氏を始め、芸能人たちがこぞって絶賛する意味が分からないです…。あと、モン・サン・ミッシェルの絶景(加工?)映像を見すぎて期待しすぎたのことと、修復中だったこともあり、それほど感動もせず…。

 

 

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バスツアーは17:00頃にシャンゼリゼ通りに到着しました。前日の8月14日が火曜日=ルーブル美術館が休館日だったため、パリ到着後に急いでルーブル美術館と向かいました。開館は18:00まで(2007年当時。2017年現在、水曜日は21:45まで開館)だから、少しは見られるはず…。

 

 

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と思ったら、閉館してました。そうです、ルーブル美術館は祝日でお休みだったのです…。逆さピラミッド(2007年当時、『ダヴィンチ・コード』が流行中)だけ拝んで、帰りました。私はその1年前にルーブルを訪問しているのでいいのですが、旅仲間Aはルーブルに入れないままイタリアに向かう羽目になってしまいました…。下調べ不足でごめんよー。

 

 

しかし、公式HPを見てみると、2017年8月15日は開館しているようです。たまたま2007年だけお休みだったのかしら?つまり、私たちの運が悪かっただけでしょうか…?号泣

開館情報と観覧料 | ルーヴル美術館 | パリ

 

 

祝日にモン・サン・ミッシェルに行ったのは偶然でしたが、8月15日をバスツアーで過ごすプランは正解だったと思います。と思ったら、4年後に散々な目に遭います…。

 

 

 

② 2011.8.15  in スロヴェニア
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スロヴェニアってどこ?って人のために簡単な解説をします。イタリアとクロアチアの間にある、ユーゴスラビアから唯一内戦なしで一番先に独立した国です。四国とほぼ同じ大きさで、首都はリュブリャーナ。通貨単位はユーロ。治安はいいです。

 

 
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私がスロヴェニアを訪れた理由は

ユリアンアルプス(特にクランスカ・ゴラという街=画像2枚目)を見たかった

②訪問国&パスポートのスタンプを増やしたかった

から。某歩き方に載っていた写真を見て行きたくなり、クロアチア周遊中に立ち寄ったのです。

 

例のモン・サン・ミッシェルの時の経験と反省を活かし、8月15日のバスツアーに申し込みました。もう『クローズ祭り』で嫌な思いをしないんだから!!

 

 

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私がスロヴェニアの首都、リュブリャーナ(Ljubljana)で利用したのはHostel Celicaという名前の宿。元々は囚人用の牢獄だったのをホテルにしたという、おもしろホテルです。シングル部屋&共同バス&トイレで当時の値段は1泊60ユーロ也。

 

 

f:id:mura306:20170815011033j:plainホテルの中は清潔だったし、スタッフも親切だったし、何より話のネタになるのでオススメの宿ですが、ホテルの裏がバーで、一晩中爆音が聞こえるのだけは少し気になりました。笑

 

 

クランスカ・ゴラ行きのツアーは8:00にホテルにお迎えが来ることになっていました。しかし、ホテル前で待っていても一向にお迎えが来ません。15分経っても来ないので、宿の人に事情を説明し、ツアー会社に電話をかけてもらいました。ツアーバウチャーに緊急連絡先が書いてあったのでそこにかけてもらったのですが、電話がなかなかつながりません。9:00くらいにようやくつながったのですが、電話先の相手は今起きた様子…。嫌な予感…。

 

 

宿のスタッフが、ツアーのお迎えが来ない旨を話してくれたところ、緊急連絡先の人がバス会社に問い合わせてくれることになりました。てか、緊急連絡先の相手は、ツアーの運転手や引率ガイドではなく、ツアー会社のスタッフの携帯電話番号のようでした。使えねぇ。怒

 

 

しばらくして、以下の連絡が来ました。

①あなたの名前が名簿になかった

②ツアーバスは既に出発してしまった

③明日のツアーに参加可能

④明日の朝、ツアー会社のオフィスに来てほしい

 

 

 

 

は?? 何言ってるの?

 

 

 

 

翌日の夕方にはスロヴェニアからクロアチアに戻る予定だったので、クランスカ・ゴラの一日ツアーには参加できないから返金してほしいと言ったら、返金はできないとのこと。とりあえず、翌日にオフィスに来て話すことになりました。部屋に戻り、恐らくかつての囚人もしていたように、ベッドの上で悔し泣きしました。私、何も罪を犯してないけど…。号泣

 

 

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気分を落ち着かせてから、首都リュブリャーナを散策することにしました。本当にこじんまりとした街なので、宿から徒歩で中心部に行けます。午前10時だというのに、この閑散さ。スーパーなどの店はことごとく閉まっていて、お水1本すらなかなか買えませんでした。服屋ももちろん閉まっています。我が旅の楽しみである買い物ができないのはキツイ。こうなると思ったから、8月15日に街にいたくなかったのに…。

 

 

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中心部にはさすがに人がいました。が、お店の半分くらいは閉まっていました。特にレストラン。

 

 

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朝市が行われていて、民芸品などを売っていました。でも、こじんまりとした市だったので、すぐに見終わってしまいました。

 

 

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青空市が普段は開かれているんだろうけども、この日はお休み。ほんと、ツイてない…。

 

 

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教会はミサでもやっているかと思っていたら入れました。が、耶蘇教徒ではない私にとって、ヨーロッパの教会は正直見飽きています。遂に見る場所が尽きました。

 

 

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リュブリャーナの町散策はほぼ終わってしまったので、某歩き方に載っていた日本料理店に行くことにしました。3週間近く旅していたし、外国で食べる日本食ってのを初体験したいと思ったのです。が、祝日は定休日!!どこまでもついていない…。

 

 

ちなみに、外国での日本食体験はこの5年後にしています。↓

 

 

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 ということで、宿近くの中華料理店(開店中なことは朝横を通った時に確認済)に行きました。そしたら、宿で会った中国人2人組に会い、「あれー?バスツアーに行ったんじゃないの?」と、今一番言われたくない言葉をかけられました。でも、事情を話したら一緒になって怒ってくれて嬉しかったです。謝々!!

 

 

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午後をどう過ごしたのかは正直よく覚えていませんが、昼食後に宿で昼寝して、夕方にまた中心部に歩いて行ったような記憶があります。だって、やることやり尽くしたんだもん。(今思えば、美術館とかに行けばよかったなぁーと思いますが。)

 

 

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当時のデジカメ画像を見てみたら、街中のウォールアートをたくさん撮影していました。本当に暇人だったんですね、私。苦笑

 

 

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夕食は、ゴスティルナ・フィゴヴェツ(Gostilna Figovec)というお店で。ここ、年中無休なんです。神様のように思えました。味もおいしかったです。

 

 

 

翌日9:00に、ツアーバウチャーに書かれていた会社に行きました。着いた途端、「この度は…」と謝罪を受けたのですが、これが着火剤となり、「昨日は散々だったよ!!ツアーには置いてかれるし、お店は全然開いてないし!ユリアンアルプスを見るためにスロヴェニアに来たのに、どーしてくれるんだよ!!!」と徐々に怒り心頭に発してしまいました。昨日1日分の不満が私の口からどんどん出てきます。

 

 

どうやら、日本のツアー会社からの連絡は伝わっていたようですが、名簿に私を入れ忘れたとのこと。ふざけんな!!!怒

 

 

その日の夕方にクロアチアに戻る予定だから返金してほしいと、ダメ元で言ったら「日本のツアー会社に返金してもらって下さい」と言われました。しかし、ツアーバウチャーには、日本のツアー会社A(今はV)は返金に応じないということが書いてあるのです。要はお互いに、押し付け合っている状態。

 

 

そしたら、「返金はできませんが、ブレッド湖に行く半日プライベートツアーでしたら、今から無料で準備できますが…。クランスカ・ゴラよりも値段が高いツアーです。」と言われました。彼女なりの、今できる最高の提案だったのでしょう。ブレッド湖スロヴェニア屈指の観光地です。

 

 

私はクロアチアでプリトヴィッツェ国立公園の湖群に行ったので今回はパスしようと思っていたのですが、返金のあてはないし、そもそもリュブリャーナでやることがもうないし、いつまでも怒っていても仕方ないし、お願いすることにしました。当初は昼食代が自己負担と言われましたが、そこは譲らず、昼食付きにしてもらいました。お姉さん、わがままでごめんなさい。笑

 

 

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30分後の10:00にホテルに車でお迎えに来ることになりました。ガイド兼ドライバーは、私と同い年のヤスミナさん。きっと私のせいで急遽休み返上になっちゃって申し訳ないと思っていたら、逆に仕事がドタキャンになったばかりでちょうど良かったとのこと。こういうのもだなぁ…と最近よく思います。

 

 

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30分ほどでブレッド湖に到着。ここでボートに乗って湖を渡ります。湖畔には蓮の花やハート型に見えるアジサイが咲いていました。

 

 

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ブレッド湖の大きさはゆっくり歩いて一周3時間ほどだそう。吉田栄作風の舟漕ぎのおじさまがダンディでした。笑 

 

 

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まず訪れたのが聖母被昇天教会ブレッド湖の真ん中にあります。ちなみに、今ガイドブックを読み直して知ったのですが、教会の裏にある山がユリアンアルプスとのことです。クランスカ・ゴラは見えないみたいだけど、ユリアンアルプス自体は見ていたんですね、私。笑

 

 

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鐘を3回鳴らすと願いが叶うと伝えられている鐘楼がありました。

 

 

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教会前で待っていた「吉田栄作」にボートを漕いでもらい、ヤスミナさんとボート乗り場に戻りました。 そこから車で対岸にあるブレッド城に向かいました。

 

 

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勾配の急な坂を上ると、ブレッド城の中に入れました。約100メートルの高さの断崖絶壁の上にたたずむブレッド城からは、先ほどまでいた被昇天教会が湖の真ん中にあるのも見えました。緑豊かでのどかな景色は、クロアチアのプリトヴィッツェとはまた違って新鮮でした。

 

 

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昔の印刷機を使って、入場記念証(8ユーロ)を作りました。バーをぐるぐると回して、溶かした蝋で刻印をして、いい記念になりました。

 

 

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昼食をとって、ツアー終了。ガイド兼ドライバーのヤスミナさんと写真を撮りました。とても親切な方で、出会えてよかったです。同い年なことと、海外旅行好きという共通の趣味もあり、話がとても弾みました。ヤスミナさんはツアー閑散期の秋に長期休暇をとり、海外旅行に行くのだとか。南インドのケーララ州がお気に入りみたいで、「いつか是非行ってみて!」と言われました。クロアチアで会った日本人Kさんからも、行ってきたばかりのインドの話をたくさん聞き、私はこの4か月後に初めてインドに行きました。私をインドに導いてくれた1人がヤスミナさんです。なかなかケーララには行けない(夏はモンスーンが沢山来るから今回も断念)けれど、いつか絶対に行ってみたいなぁ。

 

 

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バスターミナルでヤスミナさんとお別れし、クロアチアに戻りました。色々あったスロヴェニアでしたが、結果オーライで行ってよかったです。ただ、首都リュブリャーナは半日で廻れてしまう小さな首都なので、バスツアー等を利用してスロヴェニア郊外にも行くことを強くお勧めします特に、祝日は。笑

 

 

#056 迷宮都市フェズで迷ってみた。 (2010.6)

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マラケシュ、メルズーガと続いたモロッコ観光ですが、モロッコ最後の訪問地がここフェズです。フェズは「迷宮都市」とも呼ばれており、建物がびっしりと密集しているのが高台から見るとわかります。メディナ(旧市街)を歩くとまさに「巨大な迷路」が広がっていました。

 

 

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同じような狭い路地が複雑に入り組んでいるため、本当に容易に迷い子になります。そのため、自称(ボランティア)ガイドがたくさんいます。過去のブログ記事で「インドとモロッコは似ている」ということを書きましたが、自称ガイドの存在は2つの国の共通点だと思います。笑

 

 

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メディナの何気ない路地にも壁にも計算されたアートを感じてしまいます。

 

 

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そんな「おしゃれ迷路」は時々急に「通行止め」を喰らいます。そして、粉塵が飛んできます。唖然とする住民と私。勘弁してよー。笑

 

 

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そうこうしているうちに、私も迷いました。そしたら自称ガイド(画像右)がどこからともなく現れ、ガイド料は『ノーマネー』とのこと。イヤイヤ、『ノーマネー』な訳があるかい。このセリフはここ1か月で聞き飽きているのですが、どうしようもなく迷子なので、チップ覚悟で案内してもらいました。

 

 

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このメディナですが、道があまりにも狭いので、自動車は通行禁止で、人間と二輪車以外に、 荷物を乗せたロバや馬が通っていました。で、このロバたちが厄介で…。糞尿を処理せずにそのまま垂れ流すもんだから、道は相当臭いし、私の目の前で排泄シーンもあるし…。私、そういう趣味はないんですが…。涙

 

 

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メディナは、観光地であると同時に、地元の人が買い物をする場所でもあります。

 

 

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やたらでかいピーマンに対してやたら小さい大根も売っていたし、

 

 

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完熟フルーツはいい匂いがします。(この店のおじいちゃん、かわいかった!)

 

 

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クミンなどのスパイス類も売っています。 

 

 

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鶏も売られています。運が悪いと、目の前で屠殺の現場を見ることに…。涙

 

 

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革製品もたくさん作られています。高台から見えた煙は煮革工場からだと思われます。

 

 

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メディナの臭い=野菜+糞尿+スパイス+煮革の臭いに、軽く酔っちゃいました。笑 (この臭いもインドのベナレスと似ているかも…。)

 

 

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モスクなどを自称「ボランティア」ガイドに案内してもらううちに、昼食の時間帯になり、お腹が空いてきました。モロカン料理に飽き、スパゲティが食べたかったのでお店を紹介してもらい、特別にクリームスパゲティを作ってもらうことに。ちょっとわがままを言った私もいけなかったのですが、「いいよ!任せて!」って店員さんが自信たっぷりに言うからカルボナーラみたいなスパゲティをイメージしていてしまった私。頭の中は久しぶりのペシャメルソースでいっぱいです。笑

 

 

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料理が運ばれてきて、唖然…。だって、目の前にあるのは、透明な小さい耐熱ボウルに入ったスパゲティにホットミルクだけがかかった品が…。しかも味が全くしない…。 胡椒を頼んでも「ない」と言われ、塩をかけたけど、まずさは変わらず…。



そんな時、先程の自称ガイドが、(金になると思って)友達を連れてきました。友達は私の前に座り、ひたすら私のプロフィールを聞いたり、マッサージをやらないかとしつこく聞いて来たりしました。初めはうなずいて対応してたけど、ただでさえスパゲティがまずくて腹が立ち、更にそのスパゲティが60ディルハム(600円)もすると知って機嫌が悪い時に『マッサージ!』と何回も言うものだから、私は遂にキレてしまい、日本語で『だから、マッサージはやらねぇって言ってんだろ!!』って言ってしまいました。日本人、なめんなよ!! 笑 

 

 

そんな感じなので、自称ガイドとお別れ。ノーマネーって言ってたのに、もちろん自らチップを要求してきた上、「あなたが値段を決めていいよ」っていうから渡したら「少なすぎる」と言われ、もう少し渡したら去って行きました。まぁ、彼には案内してもらったから感謝してるけど、自分からねだらなかったらもっとチップをあげたのになぁ。イスラムの教えである喜捨」の心は理解できますが、 ノーマネーと言いながらも結局お金を要求してくるところとか、「お任せ」と言いながらも文句を言ってくるところは私には理解できません。初めからはっきり言えばいいのに、何か騙された気持ちになるのは私だけでしょうか。これはエジプト、チュニジア、そして後々インドでも感じたことですが…。

 

 

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気を取り直して、再び一人でメディナへ。何となく、土地勘も付いてきました。マラケシュに続き、かわいいモロッコ雑貨を探しました。

 

 

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バブーシュと呼ばれる、モロッコの革製スリッパを購入しました。かなりまけてもらいました。お兄さん、ありがとう! 更に、他の店でかわいいミントティーグラスをひたすら捜し回り、ようやくいいのが見つかり、 6個で200ディルハム→80ディルハム(800円)までまけてもらいました。

 

 

この中東旅行の前はそれほど値切らなかった(先進国ばかり旅していたし…。)私ですが、この1か月でだんだん自分が図々しくなりつつあることに気付きました。まぁ、日本人は倍以上の値段を基本ふっかけられるので、日本人全体の大赤字を少しでも黒字に戻すため、今日も私は戦っているのです。(大嘘)

 

 

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その後、八百屋さんのフルーツを見て、チェリー、バナナ、桃を購入しました。食欲もないし、今夜の夕食はフルーツに決定!分銅と天秤を使って量り売りをする様子が何ともレトロで興味深かったです。

 

 

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私がフルーツを買った八百屋の向かいにある八百屋の店番おじいちゃんが置物みたいに固まっていてかわいかったです!フェズには2泊したので、翌日も何回かその前を通る度に手を振っていたら、ようやく嫌々ながらも手を振り返してくれました。(周りがなぜか大ウケ。) 白スパゲティ事変で、しつこいモロカン男子にキレたくせに、おじいちゃんにしつこく声をかける私も自分勝手で大概なものですね。笑

 

 

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フェズには2泊しました。アイビスホテルからメディナまでは少し距離があるのでタクシーで向かいました。

 

 

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そのアイビスの真ん前に停まっていた、某高級車。よーく見ると、エンブレムは倒れている&向きがおかしい。笑 モロッコでは手描きのTOYOTAもよく走っていました。

 

 

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フェズ最後の昼食は「思い出の」ミートタジン鍋。おいしさに大満足のまま、バスでカサブランカに向かいました。そして、翌朝にカサブランカからアブダビに飛びました。 

 

#055 メルズーガ砂漠で野宿してみた。② (2010.6)

2010.6.1 ツアー2日目

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メルズーガ砂漠をラクダに乗って移動し、キャンプ地に到着しました。この日はそのままテントに泊まることになっています。

 

 

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私たちが到着したころはちょうど日没間近で、砂漠の山を上ると夕陽が見えるとのこと。

 

 

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裸足になり、砂漠を歩いて上ろうとするのですが、砂に足を取られる上、勾配が急なため、なかなか進みません。他のツアーの外国人たちは頑張って登って行ったけど、私たち日本人はみんな途中で挫折しました。笑

 

 

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上り坂の途中で、夕焼けの空や雲を見るだけでも十分綺麗だったから満足です。

 

 

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高校球児みたいに、サラサラの砂を袋に入れてテントへ戻ると、夕食の準備ができていました。茄子のトマト煮込みだったと思いますが、おいしかったです。

 

 

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夕食をとっている時に、ネコがやってきて、私の膝に乗ってきました。日本ではネコと相憎な関係の私ですが、なぜかメルズーガ砂漠ではネコに好かれました。笑

 

 

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すっかり暗くなり、だんだんと星が出て来る中、ベルベル人達のダンスを見たり、一緒に踊ったり、楽器を演奏したりしました。夜もすっかり更けて、空を見上げれば星がまたたいてきました。

 

 

「砂漠で星が見たいね」って話になり、ラクダ引きのアシエルを誘って6人で砂漠まで歩いて行きました。日没からかなり時間がたっているのに、砂に足を踏み入れると砂の内側がまだ熱で温かかくて、砂漠地帯の灼熱の過酷さと木陰のありがたさを痛感しました。メルズーガ砂漠の真ん中で寝っ転がりながら満天の星空を眺めました。空は宝石をちりばめたようにキラキラしていました。流れ星もいくつか見えました☆彡

 

 

このキャンプ場ですが、砂漠の中なのでシャワーはおろか、トイレも水道もありません。トイレの場所は勿論「As you like」。トイレの場所を誤ると、うっかり人と出会ってしまうし、実際にニアミスに遭遇しました。今思えば、青空トイレのデビュー日はこの時でしたね。

 

 

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みんな、私は砂漠の真ん中で一皮むけましたよ!!笑

 

 

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そんなこんなで、日付が変わる頃に、各々がテントで就寝。 私にもテントが一張用意されていましたが、星空が見たかったので毛布にくるまりテントの外で野宿しました。月が出て来たから少し見にくかったけど、でもまだまだ美しい空を見ながら眠ろうとしました。

 

 

…が、同じテントサイト内で欧米人が酔っぱらってどんちゃん騒ぎをしていたから、うるさいのなんの。うるさいのはまだ許せるけど、フラッシュで写真撮影をするからそれがまぶしくて全然寝られませんでした。せっかくの満天の星空の下でのロマンチックなムードが台無し。すると、日本人夫婦のK夫妻の若奥様のAさんが私の横に来て、一緒に毛布にくるまって眠りました。なお、Aさん曰く、夕食の時のネコは私にピタッとくっついて添い寝していたそうです。メルズーガにいた一瞬だけ、ネコが可愛いと思えました。笑

 

 

 

2010.6.2 ツアー3日目

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翌朝、5時半に起きる予定が、6時少し前に起床しました。 カメラだけ持って急いで昨日と同じ巨大な砂山へ。 日の出を見ようと頑張ったけど、K夫妻と私はやはり途中でギブアップしました…。

 

 

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でも、朝は太陽が見える方角にいるから、ほどなくして砂漠からの御来光が拝めました。 砂漠がだんだんとオレンジ色に染まる姿、本当に綺麗だったなぁ。砂山のてっぺんから走ってくる西洋人が結構いました。あとはバイクで山下りする人も…。

 

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で、朝食の準備が始まると、例のネコがまたしても私に寄ってきました。そして、私たちの朝食を物欲しそうな顔で見つめてきます。思わず、みんなで朝食のチーズをあげてしまいました。

 

 

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もしやこのネコ、朝食のチーズ狙いでこれまで媚びを売ってきたのかしら?そうじゃないよね?私のことが好きなんだよね?涙

ね?ね?←うざい

 

 

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朝食後、行き同様にベルベル巻きにしてもらい(画像の向かって左がアシエル)、再びラクダに乗ってオマルさんの待つ駐車場へ戻りました。

 

 

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行きと同じ道なのですが、朝と夕方では景色が違って見えて楽しめました。でも、下り坂が多かったから、結構怖かったです。下り坂になると、ラクダの足がズボッと入る度に私のバランスが崩れそうになったり、ラクダが急に早足になったりするので…。

 

 

駐車場でK夫妻、Y夫妻とお別れし、4人はシャワーを浴びに行きましたが、私は移動で忙しいので歯磨きだけして即オマルさんのいる車に乗りました。4人には一人旅の私と仲良くして下さり、大変ありがたかったです。特に、Aさんとは、出会ってすぐに『青空トイレ』をする仲になって楽しかったです。笑

 

 

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で、フェズに向けて500キロの移動。しかし、昨日の睡眠不足とラクダによる筋肉痛で体調が最悪な私。さすがに旅疲れが出たようです。そしたら、それに気付いたオマルさんが席を倒してくれ、私は爆睡…。

 

 

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昼食も同じような味つけが3日前から続いていたため、さすがに飽きてしまい、食欲があまり湧かず…。

 

 

で、寝ては時々起きての繰り返しでイフレンという町を通過。 奇跡的に起きてたら、道路を横切る何かが…。

 

 

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そう、世界一平和な猿と言われる、バーバリーマカクが通ったのです。ツアーの旅程にも「運がよければ出会えるかも」と書いてあり、昨日そこを通ったK夫妻はその猿に会えなかったみたいだから、私はラッキーでした。

 

 

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夕方に、フェズに到着しました。オマルさんとお別れの時がやってきました。砂漠ツアーが楽しく無事に終えられたのも、いいガイドさんに出会えたからこそ。お世話になりました!

 

 

ホテルで鍵をもらい、部屋に到着するも、何かがおかしい…。 クローゼットに服が…。 椅子にネクタイが…。

 

 

急いでフロントに行ったら、部屋番号を1つ間違えようでした…。 こちらと視線を合わせることなく、謝罪もなく、ぶっきらぼうに鍵をくれるコンシェルジュ。これって、下手したらスリができるよね…逆の場合も有りうるし…。こわ!!

 

 

で、改めて部屋に到着。あまりにも疲れすぎてたので、夕食もとらず、部屋でゆっくりと過ごしました。シャワーを2日ぶりに浴び、髪を洗ったら真っ黒の泡が…。 砂漠の砂の色ってよりも排気ガスの色…。 多分、2日間車の窓を全開で爆走だったからだと思われる…。 サイヤ人並みに髪の毛がカッチカチに固まっていたからね。笑

 

 

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ホテルのテレビを付けたら、鳩山ルーピー由紀夫氏が総理大臣を辞めたってニュースをやっててビックリ。CDデビューしていたことをまさかモロッコで知ることになるとは。笑

 

 

というか、私が旅行に出ると総理大臣が変わることが多く、確か菅直人氏が総理大臣を辞職した時も、安倍晋三氏が総理大臣に就任した時も私は外国にいました。私が海外旅行に行く頻度が多いからか、日本の総理大臣が変わりすぎなのか、どちらでしょうね?笑

 

 

早めに寝て、翌日からのフェズ観光に備えることに。1か月の中東旅行もほぼ終盤です。

#054 メルズーガ砂漠で野宿してみた。① (2010.6)

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2010年6月初旬頃に、メルズーガ砂漠に行きました。いわゆる、サハラ砂漠です。マラケシュからだとメルズーガの入り口まで車で一日半かかります。砂漠直通の公共交通機関もないし、日にちもないので思い切ってツアーに申し込みました。

 

私が申し込んだツアー会社はこちら。値段は張りますが、おすすめです。

マラケシュ発 メルズーガ大砂丘2泊3日 Ksour Voyages

 

そのツアーでは

  1. ラクダに乗って砂漠を移動
  2. 砂漠内のキャンプ地で宿泊
  3. 英語ドライバー&食事付き
  4. マラケシュin、フェズout

のプライベートツアーで、2泊3日でマラケシュ→ワルザザード泊→メルズーガ泊→フェズに渡るものです。ツアー代金は1名参加で約9万(2010年当時8700DH、1DH(ディルハム)≒10円)でしたが、なかなか来られる機会もないし、思い切って申し込みました。

 

2010.5.31 ツアー1日目

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まず、朝8:00にマラケシュのホテルにドライバーがお迎えに来てくれました。ドライバーの名前はオマルさん。日本語にすると若干幼稚な名前ですが、モデルのような細長い手足と驚異の視力をお持ちのおじさんでした。

 

 

ロッコでは、英語があまり通じません。なぜなら、モロッコでは英語は第4言語扱いだから。小学校でベルベル語(北アフリカの現地語)とアラビア語、中学校でフランス語を勉強し、大学でスペイン語か英語を習うとのこと。オマルさんは大学で英語を選択したらしいです。そして、オマルさんは観光客から教えてもらったからか、簡単な日本語も少し話せます。

 

 

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1日目は中間地点のワルザザートまで移動する日でした。アトラス山脈(オマルさん曰く、「箱根・いろは坂」)を越え、途中で山を横断する羊の群れを見ました。私にはヤギに見えたのですが、オマルさんが日本語で「ヒツジ」と言うのでヒツジなのでしょう。笑

 

 

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運転しながらも遠くにいる羊の群れを発見できるオマルさん、あなたはすごいよ。

(ちなみに、1つ前のヒツジの画像はこの画像を拡大したものです。みなさんはどこにヒツジの群れがいるかわかりますか?笑)

 

 

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オマルさんの視力には以後も驚かされます。「イグアナがいるぞ!」と言うのですが、この距離では私には全くわかりません。「あそこだ!」って岩の方を指してくれるけども、私には全くわかりません。「よし、じゃあ近くまでそーっと行くぞ!」と言っているうちに毎回逃げてしまいました。このようなやりとりが何回かあったのですが、残念ながら私は一度もイグアナを見ることができませんでした。

 

 

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恐るべし、アフリカ大陸の住民の視力。笑

 

 

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ちなみに、こちらはイグアナではなく、トカゲだそうです。残念!!

 

 

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こちらはリス。どこにいるかわかりますか?アフリカ大陸の動物は自然に同化した保護色になっています。

 

 

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昼食はタジン鍋でした。絶妙のトロトロ具合のスクランブルエッグがおいしかったです。とんがり帽子のような形状のタジン鍋には鍋蓋に穴が空いており、少量の水で調理ができるという、砂漠地帯ならではの工夫がされているのです。

 

 

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以降も、アトラス山脈越えは続きます。ふと目を覚ますと、目の前にヒツジがいたりしました。どこまでも続く岩肌の山々は壮大なのだけど、住んでいる人は大変だろうなぁ。

 

 

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その後は、映画グラディエーターや「ハムナプトラ」の舞台であるアイト・ベン・ハッドゥ(Ait-Ben-Haddou)に行きました。あそこの穴(画像中央)は「グラディエーター」で飛行機が抜けて行ったところだとオマルさんが説明してくれましたが、私はその映画を見たことがないのでよくわかりませんでした。撮影のためにわざわざ作ったセットがそのまま残っているようです。

 

 

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オマルさんは飛び石を使わずに、裸足で川に入ってそのまま渡っていました。笑

 

 

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茶色い土で作られた景色は非現実的で、SF映画の世界にいるようでした。日干し煉瓦で作られた建物が、青空に映えて、とても美しいです。こんな景色が世界中にはあるんだなぁ…。

 

 

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ベルベル人の民族衣装も絶妙な色合いがとってもおしゃれ。

 

 

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急に雨が降ってきました。この砂漠地帯では雨が降るのは珍しいようです。オマルさんが「今日は一日で四季があったよ。君はラッキーだね。」と言われました。

 

 

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ワルザザードに到着し、ホテルにチェックイン。某歩き方によると、このホテルの近くにレストランがあるようです。徒歩10分程度に見えたので、地図に従って歩きました。

 

 

しかし、どこまで行っても目的地のレストランTamdaがありません。周りの人に聞いてようやく到着しました。1kmくらいで到着するはずが、30分くらいかかりましたよ。「地球の迷い方」と揶揄されるのがわかった瞬間でした。頼むよ、某歩き方!怒

 

 

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そのレストランではラマダン明けに食べると言われるスープ、ハリラを食べました。帰り道の夕日が美しかったです。橋を渡る私に、車越しに挨拶をしてくれるのがとても心地よかったです。その前に行ったチュニジアでは必殺・ニーハオ攻撃に遭い、精神的にだいぶ苦しめられましたが、モロッコは私と相性がいいみたいです。

 

 

 

 2010.6.1 ツアー2日目

2日目はいよいよメルズーガまで380キロの旅だそうな。

 

 

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まずは、バラで有名なケラァ・デ・ムグーナに行きました。5月初旬にはこの小さな町でバラ祭りが行われるそうです。私が訪れたのは6月初旬だったので、ほぼ収穫済みでしたが、オマルさんが咲いていたバラを2輪探し出してくれました。日本のバラと比べて小さめですがかなり匂いが強く、まさにバラの香料の香り。バラ農家さんたちが収穫期にバラの匂いでぼーっとしてしまうというのも納得でした。バラで作られたお土産もたくさん売られていて、かわいらしい街でした。

 

 

その日も、イグアナを数匹見ました。 ハンター(オマルさん)は時速70キロで運転しつつも、右側(私側)にいたイグアナを発見しますが、とろい私には見つけられません。笑 改めて、アフリカ人の動体視力、おそるべし…。

 

 

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途中でアラビア語が地上に書いてありました。何て書いてあるのかをオマルさんに聞いたところ、「〇〇(私の名前)さん、いらっしゃい★」と書いてあると日本語で言われました。これぞ、ベルベルジョー。笑 だんだんオマルさんとの仲もくだけてきました。笑

 

 

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昼食は世界最小パスタ、クスクスチュニジアではトマト味のものを食べましたが、ここで食べたのはオリーブオイル味で食べやすかったです。ここでもタジン鍋で登場しました。

 

 

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昼食後の車窓にはラクダが目立ち始めました。「ラクダ注意」の看板も発見。砂漠に近づいている感じがします。

 

 

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砂漠が見えてきました。予想に反して黒い砂漠でしたが、方角によってその色が変わっていくのが不思議でした。

 

 

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そして、遂にメルズーガ砂漠の入口に到着。

 

 

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色は真っ赤で、燃えるような、エアーズロックのような色。実際の砂の色もそのままの色をしていました。

 

 

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テントまで出発前にロッジにて他の観光客と合流。ラクダも待ち構えてました。私以外に2組の日本人夫婦がいて、年も近いし、すぐ仲良くなれました。そして、5人でテントキャンプに向けてラクダで移動。

 

 

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ストールをベルベル巻き』にしてもらい、いざ乗馬…じゃなくて乗駝(そんな日本語あるのか?笑)しました。笑

 

 

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キャンプ地までは45分程の距離とのこと。ラクダの足跡と、どこまでも続くメルズーガ砂漠に残る砂紋がアートになっていました。人間が作った負の遺産だけど、ただただ美しいとしか言えませんでした。

 

 

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ラクダに乗るのは、エアーズロック以来で、降りるときにラクダが暴れて、なかなか降ろしてもらえなかったトラウマが…。でも、その心配は杞憂に終わり、落馬…じゃなくて落駝(ダジャレではありません。笑)することなく、無事にキャンプ場まで到着。 久しぶりの乗駝でしたが、やはりラクダの背中はごつごつしていて、45分の移動で股関節がやられました。前もウルル編で書いたような気がしますが、「ラクダは楽だ」は嘘だと思います。笑

 

 

↓私の人生初乗駝についてはコチラ。


キャンプ地到着後以降のことは②で書きます。

#053 マラケシュでエネルギーチャージしてみた。 (2010.5)

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2010年の5月にモロッコマラケシュ(Marrakech)に行ってきました。ここで一番有名な観光名所はジャマ・エル・フナ広場(Place Djemaa el Fna)です。ジャマ・エル・フナ広場は「死者たちの広場」という意味で、昔は公開処刑の場所だったらしいですが、今では日没になると、露店商や大道芸人が集まり、夜を徹してお祭り会場のようになります。しかも365日。エネルギーに満ち溢れた、活気ある場所なのです。私はここに行ってエネルギーをもらったので、その時の話を今回は書こうと思います。

 

 

その前に、マラケシュに行った経緯を簡単に説明します。2010年の3月に、6年勤めていた職場を辞め、1か月の旅に出ようと決めました。予算は退職金100万円。行き先は中近東方面。なぜか当時の私には中東に惹かれるものがあったのです。(今思えば、「アラブの春」の前で治安が良かったのであの時に行っておいて正解でした。)

 

 

4月1日に無職になった私は、さっそく旅程を考え始めました。まず一番に行きたかったのはロッコ。大学生の頃、同級生M(長期休暇の旅に海外放浪していた)の写真を見て、いつか行きたいと思っていたからです。次に行きたかったのはチュニジア。テレビで白い壁に青い窓枠の家が立ち並ぶ街並を見て、惹かれたからです。

 

 

そして、色々な人からの話を聞くうちに、気付けば日本→トルコ→エジプト→マルタ→チュニジア→モロッコUAE→日本という超過密スケジュールになってしまいました。そして、30歳の誕生日を迎えたばかりの5月8日に出国。30代初めての海外旅行です。

 

 

新年度が始まって間もない5月初旬に海外旅行をしている日本人の大半は無職でした。もちろん、私もその一人。行く先々で会う人に親切にしてもらったり、一緒に観光したりして楽しかったのですが、完全にふっきれていない自分がいました。もちろん、依願退職なのですが、「もう少し頑張れたんじゃないか」とか、「逃げたんじゃないか」とか、「周りは頑張って働いているのに退職して旅に出ていいのか」とか、そういうモヤモヤした気持ちが何となくずっと心にひっかかっていました。

 

 

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その気持ちは旅の後半のモロッコに着いても続いていました。モロッコ最初の都市であるマラケシュのホテルに着いたのは22:00だったのですが、翌朝にエッサウィラに行くことになっていたのでジャマ・エル・フナ広場には行かずにゆっくりして過ごしました。(今思えば、ちょっとでもいいから行っておけばよかったなぁと思います…)

 

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要塞都市エッサウィラ(Essaouira)は大西洋に面した、おしゃれな港町でした。カモメがやたらといました。マラケシュからバスで片道3時間で行けるので、日帰り旅行地としておすすめです。

 

 

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そして、エッサウィラから帰ってきた夕方に、ジャマ・エル・フナ広場にタクシーで向かいました。着いた瞬間、屋台から立ち込める大量の湯気と、大道芸人たちが奏でる音楽と、広場内を歩く大勢の客たちの姿に圧倒されました。あと、バイクも縦横無尽に走り抜けていたなぁ。先進国ばかり行っていた私にとって、それらの国々とも、行ったばかりの中近東の国々とも違う光景に度肝を抜かれた感じです。何かが起きそうな予感…。ワクワクしてきました。

 

 

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散策すると、民族衣装を着た大道芸人が謎の鈴を持って練り歩いてました。(写真撮影は有料なので注意) 

 

 

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色々な露店がありました。缶釣りをしていたり、スパイスや乾物や土産物を売っていたり、食堂だったり。大道芸人アラビア語でコントをしていて、私にはさっぱり意味不明だったけど、 とにかくみんなウケてて楽しそうでした。

 

 

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おなかが空いたので何か食べたいなぁと思っていたら勧誘のお兄ちゃんが英語で話しかけてきました。ベルベル語アラビア語、フランス語が通じるモロッコでは、英語話者は貴重です。メニューを見たら私が食べたいと持っていたミートタジンがあったので、そこに決めました。料理を待っている間、勧誘のお兄ちゃんが色々と話しかけてくれました。彼の名前はAzizと言い、モロッコ人だけども顔は池内博之に似た感じが何となく親しみを覚えました。外見も性格も好青年だったなぁ。

 

 

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そして、私の席から厨房の様子がよく見えて、面白いおじさん2人を発見しました。1人(おじさんA)はオバマ大統領似で、オバマの物まねをしてくれました。写真の奥に写っているもう1人(おじさんB)はおそらく日本人観光客から教えてもらったギャグを披露。「ミーヤーサーコーデス!!」と言いながら、ドヤ顔で宮迫ポーズをするのですが、若干古いのです。あとは「オモローー!!」(by 世界のナベアツ)とか。2人とも、帽子にストローを差し込み、ピンマイク風にしているところも芸が細かかったです。笑

 

 

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そんなおじさん達のギャグに大笑いしていると料理が到着しました。熱々のミートタジンはトマトベースのソースにミートボールが煮込まれていて本当においしかったです。エジプトやチュニジアイスラム料理と比べて、モロッコ料理は私の口に合いました。

 

 

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ミントティーもさっぱりしていておいしかったです。でも、パンだけはパサパサに乾燥していてイマイチでした。笑

 

 

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食べ終わったら、おじさんBが「よかったら厨房に来なよー」って言ってくれて、厨房に入らせてもらいました。そして、ボクサーの平仲信明のおじさんCも入って一緒に記念写真。見納めに、「ミーヤーサーコーデス!!」をしてもらって、お別れ。

 

 

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その時に、「この旅で初めて心の底から笑えたなぁ」、「この旅に出てよかったんだ」、「今を楽しもう」とようやく吹っ切れました

 

 

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吹っ切れた私はお土産物屋さんに行き、タジン鍋をいくつか購入しました。タジン鍋は色々な大きさのものがあり、料理用はもちろん、飾り用のものも充実していました。ちなみに、私の梱包が甘かったらしく、一番高くて大きかったタジン鍋は帰るまでの道中で軽いヒビが入ってしまいました…。やはり、割れやすいものは機内持ち込み荷物にすべきだったです…。といいつつも今でも我が家に飾ってありますが。

 

 

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こうして、気持ちが軽くなった私はマラケシュにもっと滞在したかったのですが、何せ過密スケジュールなので翌朝にはメルズーガ砂漠へと出発しました。

 

 

そういえば、件の大学同級生Mが「インドとモロッコって似ているんだよ。」って言っていたことがあります。当時はモロッコしか知らなかったので比較しようがありませんでしたが、その1年半後にインド旅行をして、彼女の言っていることがわかる気がします。あの2つの国に共通するエネルギーや匂い(臭い?)や人懐っこさには辟易することもあるのですが、でも引き込まれる魅力があるんだよなぁ…。あ、インド人もすぐに日本のギャグを披露してくれるから、そんなところも似ているね。笑

 

 

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私にエネルギーをチャージしてくれたのはこのお店(No.114)です。今でもやっているのかしら?ここは私にとっては「旅の聖地」。またいつか絶対に再訪したい場所です。その時には、日本の最新ギャグを教え込まないとね。笑

#052 色々なトラブルに巻き込まれてみた。 (2006.8)

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今からちょうど11年前の夏に、ヨーロッパ一人旅をしました。その時は出発から本当に色々あったので、今日はそれについて書きたいと思います。

 

 

色々ありました① 2006.8.3

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9:30のキャセイパシフィック航空で香港経由ロンドンヒースロー空港行きに乗るために、7:30には中部国際空港(以下、セントレア)にいたのですが、電光掲示板を見てみると「遅延14:30」の表示が出ていました。とりあえずチェックインと出国手続きをして、ゲートで待っていました。ところが、夕方になっても一向に飛ぶ気配なし。理由も説明されず、とりあえず待機しました。途中でスタバの1000円クーポンが配られたので、各自で夕食を購入しました。

 

21:00になり、遂に動きが。「遅延」が「欠航」になりました。どうやら、香港に台風が来ていて、着陸ができないからだそうです。

早速航空券を購入した旅行会社に電話したところ、夜にも関わらず対応して下さり、「明日も飛ばない可能性があるので、国内線で成田空港まで飛び、そこから直行便でヒースロー空港に行きましょう。」という提案がありました。追加料金なしで早速手続きをしてくださいました。すばらしき、CHINTAI TRAVEL様。今は旅行業から撤退してしまって悲しい限り。

 


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ホテルも用意してくれない(というか、セントレア周辺のホテルは空きがないという放送が入った)し、また明日来てくださいと言うことで、出国スタンプは取り消しになり、各自解散になりました。

 

なお、後で聞いた話だと、香港行きの飛行機は翌々日まで飛ばなかったとのこと。成田経由に切り替えたのは大正解でした。以降、私は夏にキャセイの飛行機を利用することはしていません。でも、2017年8月は広州経由でインドに行くことにしてしまいました。広州と香港って近いじゃん!!すっかり忘れてました。不安です…。

 

 

色々ありました② 2006.8.4

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翌日、8:50にJALで成田へ向かいました。発券されたチケットを見てびっくり。席番号が10でした。いい予感的中で、普段なら飛行機内に入って右折するところを左折しました。まさかのビジネスファーストクラスです。たった1時間の空の旅は本当に快適でした。

 

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座席にあるボタンを押せば席がフラットになったり、リンゴジュースがシャリシャリでいつもよりもおいしかったり(気のせい?)、CAさんから「あちらに見えますのは富士山でございます。」とわざわざ説明があったりしました。気分はセレブ。

 

ツアリズムを勉強してた友達曰く、 JALの名古屋-成田間(通称ナゴナリ間)は、 飛行機が欠航したときとかに 比較的ビジネスクラスとかに回してもらえるらしいです。色々あった旅でしたが、この夏の旅で嬉しいサプライズの一つです。

 

 

色々ありました③ 2006.8.5

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そもそも私は8/3の9:30に名古屋を出発し、8/4の20:30にはヒースローに到着して8/5の20:35にポーランドに飛ぶ予定でした。だから、半日はロンドン観光ができると思っていたのです。

 

成田から乗ったブリティッシュエアウェイズの出発が遅れたため、17:30頃にヒースロー空港に到着しました。ポーランド行きの飛行機はヒースロー発ではないので、猛ダッシュで機内から出て、入国審査まで行きました。(預入荷物のことは覚えてませんが、たぶん早めに出たのでしょう…。)

 

イギリス名物と言っても過言ではない「長い入国審査」ですが、明らかに急いでいるのを表現したつもりですが、そんな私の様子に気付かない鈍感な審査官が「ロンドンは初めてか?」「前に来たのはいつだ?」とか質問してきて、「どーーーでもいーーだろ!!」と言いたい気持ちを抑え、1分くらいで突破。

 

18:00に空港行きのシャトルバスに飛び乗りました。が、出発まで20分程待たされ、ひとり焦る私。ガトウィックまでの移動時間は約1時間半とのこと。チェックインの最終時刻は20:00だったのですが、渋滞に巻き込まれ、残念ながらガトウィック空港に着いたのは20:10でした。

 

 「余裕を持ってポーランド行きのプランを組んだのに、どうして今回の旅行はうまく行かないんだろうなぁ…?」

 がっくりしながらも、ダメ元でチェックインカウンターに行ったら、まさかのチェックイン完了。「この荷物も積んどいて―」って感じで動いています。私は嬉しくなり、スタッフにポーランド語で「Dziękuję! (ジンクーイェン=ありがとう)!!」と言ったら、「オレ、ポーランド人じゃないし…」と返されました…。ちーん。せっかく歩き方を開いて読んだのに…。号泣

 

イギリスはほぼ通過状態でしたが、ロンドン往復のチケットにしたので、日本帰国前にロンドン観光を少しできるからいいやーって思ってました。(しかし、後にとんでもないことが起きます…)

 

 

色々ありませんでした 2006.8.6-8.9

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ポーランドでは友人に案内してもらい、飛行機でパリに飛びました。

 

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ルーブル美術館では「日本語が聞こえる!」って思って振り返ったら新婚旅行中の友人夫妻がいて、半日だけ合流し、新婚旅行の邪魔をしました(笑)。あとは、パリの地下鉄でスリ未遂にあったくらいかな。この間は特に何もなかったので、思い出写真だけ紹介。笑

 

 

色々ありました④ 2006.8.10~8.11

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11:00頃、シャルル・ド・ゴール空港へ行きました。ロンドンルートン空港行きのLCCeasyjetは13:10に第3ターミナル発でした。第3ターミナルはとても閑散としていて、いかにもLCC用といった感じでした。そして、easyjetの重量制限が厳しく、1gでも重ければ超過料金なので私も引っ掛かり、預入荷物を軽くしたら機内持ち込み荷物にハサミを入れてしまい、没収されてしまいました…。涙

 

しかし、このeasyjetも出発がやたら遅れました。13:30にはロンドンに到着している予定なのに、気が付けば3時間半も遅れています。今回も遅延理由は知らされましたが、ストかなぁと勝手に思ってました。しばらくすると搭乗手続きが始まりひと安心。しかし、機内に入り、シートベルトをしてあとは飛ぶだけという時に機内アナウンスが入りました。それはフランス語での放送だったのですが、フランス語が話せない私にもなぜか意味が理解できました。

 

「申し訳ありませんが、この飛行機は欠航します。」

 一気に機内がざわつきます。私の横の席で電話していた20歳くらいのパリジェンヌが「さっきの放送、何て言った?」って聞いてきて「欠航だって。」と伝えたら、彼女もパニック。私は意外にも冷静でした。

 

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飛行機から降ろされ、預入荷物を受け取り、しばらく空港内で待ちました。乗客は大半が西洋人で、日本人は私1人でしたが、韓国人の若者が3人いました。

 

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そのうちの1人、ガマニは日本語が堪能で、年齢も一緒だったのですぐに仲良くなれました。彼女は旅好きの大学院生で、今回のヨーロッパも一人で廻っていたそう。色々な国の情報を教えてもらいました。

 

それからeasyjetから以下の説明がありました。

  1. ロンドンでテロ未遂が起きた。空港を狙ったものだったから、ロンドンの全空港が離着陸をやめている。だから今日は欠航になった。
  2. 今日は空港近くのヒルトンホテルに無料宿泊できる。
  3. 明日の朝6時に空港に集合すること。

 ひぇーという驚きと、宿が確保されてよかったという安堵と、またロンドンの観光ができなくなってしまったという落胆とが入り混じった複雑な気持ちになりました。

 

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並んでシャトルバスに乗り、ヒルトンホテルにチェックインしました。

 

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食事も無料で付いていて、「LCCなのにeasyjetやるじゃん」って思いました。ハサミは奪われたけど許してやる。笑

 

 

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夜は4人で色々な話をしました。こういうピンチの時って、アジア出身というだけで自然とが生まれるのが不思議で、私もその輪に混ぜてもらえて、とても安心しました。「明日は飛行機が飛ぶのか?」という心配をしつつ、各自就寝しました。

 

 

2006.8.11

そして翌朝6:00に4人で、というか他の乗客もみんな一緒に空港に行きました。そしたら予想していた通り、「遅延11:00」の文字が。イヤーな予感…。

 

しばらく待ちました。そしたら、チェックインカウンターも開き、15:00頃無事離陸しました。その時、みんなから自然と拍手が。無料スナックが配られるという機内放送にもまた拍手。そして、16:15頃ルートン空港に着陸した時にも、拍手喝采。みんなが1つになりました。

 

しかし、うかうかしていられません。私は夕方のヒースロー発の便で日本に帰るのですから…。ガマニと涙のお別れをし、私はルートン空港からヒースロー空港に向かいました。所要時間はバスで1時間40分とのこと。この時に学んだのはLCCは安いけど僻地に到着するので、乗り継ぎがある時は空港移動が大変だし、結局時間とお金が無駄にかかる」ということです。

 

 

色々ありました⑤ 2006.8.11

ルートンからシャトルバスでヒースローに戻ると、飛行機は飛んではいるっぽいものの、空港内が長蛇の列だらけでした。誰がどこに並んでいるのかがわからない状態。私が載る予定のキャセイの搭乗時刻は過ぎていますが、もしかしたらまだ間に合うかもしれないと思い、キャセイのカウンターを探し、スタッフに尋ねたら「チェックインを締め切っちゃったよ。」と言われました。でも、香港行きの夜の便があったので、変更してもらいました。

 

私の飛行機を欠航にさせたテロ未遂事件とは、バーミンガムのアジトでのテロ計画が発覚したというだけなのですが、そのテロ手段が「ペットボトルに液体を入れて機内に持ち込み、ipodと繋いで爆発させる」というものでした。今現在、機内への液体持ち込み制限ができたのは、このテロ計画があったからなんです。

 詳しくはこちら↓

ロンドン旅客機爆破テロ未遂事件 - Wikipedia

 

そのテロ計画発覚の翌日のため、出国審査からゲートまでがとにかく長かったです。手荷物検査とボディチェックが2回あり、靴もスキャンされました。機内持ち込みが許されたのは貴重品とパスポートと搭乗券だけ。私は財布、パスポート、搭乗券、スーツケースキー、ティッシュ(包み紙も取られたので中身だけ)を透明なジップバックに入れて搭乗しました。

 

そんな感じなので、フライトも当然遅れました。21:15発の飛行機だったのですが、23:30頃飛んだことを覚えています。そういえば、香港~名古屋の乗り継ぎ便はどうなるんだろう…?まぁ、無料で取り直してくれるよね?私、悪くないし…。

 

 

色々ありました⑥ 2006.8.12~8.13

夕方に香港に到着すると、私の名前が書かれた紙を持ったスタッフ5~6人が立ってました。そしたら「アンタなんで予定の飛行機に乗らなかったのよ!!」と叱られました。理由を説明するも、「それを証明するものを見せてみろ。」と言われました。いやぁ、搭乗券に書かれた時刻と実際の出発時刻は違うし、証明しようがないよね…。

 

でも、結局、その中の一人のひ弱そうな男が チケットと宿泊ホテルを用意してくれるとのこと。でも、数分後、ひ弱男が戻ってきてこう言いました。

「すいませんが、チケットの日付変更ができないので、新しいものを買って下さい。 詳しくはあちらのカウンターに一緒に行きましょう。」

 格安航空券って、出発後に日にちをまたいだ変更ができないんですね…。

 

British Airwaysのカウンターに行くと、女性スタッフが同じことを言ってきました。

私:『私は悪くない。テロ未遂のせいで、パリで足止めくらったんだから。』

女:「でも、こちらにも責任はないです。 あなたの乗ったeasyjet社を訴えたらどうですか?」

私:『どうやって?』

女:「さぁね・・・」

私:『ロンドン発の便だって2時間遅れたんだよ。 それで乗継便に間に合わなかった。』

女:「そんなことはありません!」

私、中国人のこういう非を認めない姿勢が本当に嫌い。マニュアルなのかもしれないけどさ。この人と話していても平行線だわ。やってられん。

 

私:『(ひ弱に向かって)何とか言ってよ』

ひ弱:「いやぁ、その・・・。」

女:「あんたは黙ってな!!(って中国語で言ってた感じ)」

たぶん、ひ弱男は色々思うところがあったと思うけど、力関係に負けた感じね。彼はそんなに悪い人に思えませんでした。

 

とりあえずカウンターを離れ、一人になると、この旅であった色々なことが蘇ってきて、思わず泣いてしまいました。

 「今回は本当に飛行機に恵まれない旅だなぁ…。」

 

その後、自分でキャセイのチケットカウンターに行き、便の変更をお願いするとすんなりと翌日のチケットを取ることができました。ほーら、やっぱりできるじゃんか!先ほど私に意地悪をしてきたBritishのカウンターの横をチケットを見せびらかしつつ通りました。誰も見てくれなかったけど。笑

 

12時間後の9:10発の便だったので、空港内のネットカフェに行きました。そこはPCが使えるだけでなく、シャワーやドリンクバーの設備もあるのです。以前香港でストップオーバーをかけた時に使ったことがあったので知っていてよかったです。

 

 

2006.8.13

凍えるような冷房に当たりながらも仮眠を取り、朝6時に起床し、洗顔後に免税店の化粧品で化粧をしてからゲートに向かいました。そしたら、私の前にいたのはおしゃれな格好をして外国へ向かう旅行客の姿が。それに対して私はというと、シャワーこそ浴びたものの昨日と同じ格好をして、透明なジップバッグ(既にジップが壊れかけ)と透明な袋に入ったイギリス土産(免税店で購入したけど中身丸わかり…)を持っていました。あれ、検査が厳しいのはロンドンだけですか…?涙

 

そして、最後のとどめの一発が、あんなに大事にしていた航空券を途中で失くしたこと。どこを探してもありません。私はどうしてこんなにとろいんだろうって思っていたら、空港内の緊急車両みたいな乗り物が私の近くに来て、「これ、あなたのだよね?」と言って、航空券をくれました。感謝!!

 

最後まで色々ありましたが、15:40に無事にセントレアに到着しました。結局往復共にロンドン素通りになってしまいましたが、たぶんそういう運命だったのでしょう。この年の前後1年でロンドン観光はしたので、まぁよしとします。旅の途中でトラブルに巻き込まれたら、とりあえず最善の方法をとって、あとは流れに任せるしかありませんね。私の場合は命にかかわるトラブルではなかったのでそれが何よりですが、それでも旅を続けてしまうのは、やはり何だかんだでトラブル続きのトラベルが旅の醍醐味だからかもしれません。実際、travelの語源はtroubleから来ているらしいですよ。