世界流離日記

『世界流離(さすらい)日記』と読みます。海外旅行での喜怒哀楽の経験を中心に投稿していきますのでよろしくお願いします。

#131 東日本大震災を風化させないために③ (2012.8)

2012.8.1

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朝、ホテル主催の震災語り部ツアーに参加しました。南三陸町の震災当時の被害(人口17766人中、555人死亡、3100人行方不明)と現状、それからテレビで報道された場所にも行きました。

 

 

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皆さんが一番記憶にあるのは、防災対策庁舎(高さ12メートル)だと思います。津波の避難所になっていたため、近所の住民が避難してきたものの、最後まで『逃げろ、逃げろ、高台に逃げろ』と繰り返しアナウンスしていた24歳の女性をはじめ、42人中32人が亡くなった場所です。避難先であったから、多くの住民が逃げてきたのになんと屋根まで津波がやって来たそうです。ここを復興のモニュメントとして残したいという町の思いと、それに反対する遺族との意見が異なり、2012年9月には取り壊し予定だそう…。

 

 

しかし、それから話し合いが何度か行われ、現在では2031年まで宮城県が管理保存することになったそうです。

南三陸町防災対策庁舎 - Wikipedia

 

 

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三陸の他の3階建ての建物を見ても、津波の水位が記録されていました。こんな高さまで波が来たなんて…。

 

 
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戸倉小学校は震災前日の余震後に職員会議をしたこともあり、避難先を裏山(消防車の上の神社)に決定したそうです。その結果、津波が来る前に裏山に避難した結果、早退者1名以外の児童全員が無事だったそうです。ちなみに、津波は消防車の場所までは到達したらしく、震災当時の場所のままで消防車は止まっているそうです。

 

 

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ホテル観洋は高台に位置しているため、3階までが津波の被害に遭っただけで済んだそうです。宿泊者に加え、地元の人の避難先としても開放したとのことですが、物資不足に直面し、大変苦労されたそうです。

 

 

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他にも、老人ホームの寝たきりの方を近くの高校のサッカー部員がおぶって避難させた話も聞きました。私の知らない話も多数あったので、本当に貴重な話が聞けました。

 

 

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被災した夜、電気がなくて真っ暗な中、夜空の星と翌朝の日の出が本当に美しかったそうです。この絵はホテルに飾ってありました。

 

 

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南三陸町にあるモアイ像。2体あって、少し被災していますが、チリ地震以降の友好の証だそうです。

 

 
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その後、石巻市に向けて移動を開始しました。しばらくして、北上川の上の橋を渡ると、左手に見覚えのある丸い建物がありました。よく見ると慰霊碑もある…。そう、そこにあったのが、大川小学校でした。偶然、横を通ったので、立ち寄りました。

 

 
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大川小学校は、震災により児童108人中74人が死亡(うち、4人は行方不明)、職員も13人中8人が亡くなっています。裏山の足場が悪く、川の堤防まで避難したところ、津波が堤防を越えて浸水し、大多数の方が被害に遭われました。大川小は北上川のすぐ横に位置しているのですが、海からは距離があるため、まさか大津波が来るという予想はされておらず、近所の住民の避難先にもなってたそうです。

 


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教師の指示を聞かずに裏山に逃げた子が助かり、指示を聞いた子が助からなかった…。当時、私も小学校で勤務していたので、他人事とは思えませんでした。

 

 

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避難訓練を何度もしていても「想定外」のことは起こり得ます。大川小の件については「マニュアル通りの避難をしなかったら助かっていた」という非難も理解できますし、「『未曽有の震災』だったからこそ予測できなかった」という、学校側の言い分もよくわかります。

 

 

私がその場にいたら…、自分の児童たちが被害に遭ったら…って色々考えると、涙が止まりませんでした。

 


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校舎はあの日のまま時が止まっていて、誰も何もない床や壁の抜けた教室を見るとやるせない気持ちになりました。どうか安らかに。

 

 

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それから、今日の宿のある松島まで移動し、車を置いてから電車で再び石巻へ行きました。夜に花火大会があるからです。

 

 

石巻では、15000発の花火大会が毎年催されていました。震災の起きた2011年は中止され、2012年は5000発に縮小されましたが2年ぶりに開催されることになっています。そのことを何かで知った私は、それに合わせて石巻に来ることにしたのです、

 

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なお、2012年当時の路線図がこちらです。駅で切符を買いましたが、松島海岸駅~矢本駅まではバスで輸送代行が行われていました。

 

 

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漫画家、石ノ森章太郎さんの出身地ということで、仮面ライダーロボタン、サイボーグなどの像が並んでました。

 


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マンガ館もありますが、当時は休業中でした。

  

 
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石巻の中心部は、歩道橋の半分くらいの高さまで浸水したようですが、復興が進んでいるからか、南三陸陸前高田のような光景はありませんでした。

 

 

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花火会場付近では昼に催し物が行われていました。中学生の子どもたちによるソーラン節では恐らく中古の大漁旗で作った衣装で踊ってる姿に思わず涙。

 

 

会場では様々なB級グルメの屋台があったので、食べ歩きをしました。

 

 

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カキクリームバーガーと牛タンつくね。

 

 

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石巻スペシャル。ブルーハワイ+練乳+イチゴ+マンゴー

 

 

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石巻やきそばも堪能。どれもおいしかったです。

 

 

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復興に関するモニュメントがちらほらありました。 

 


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諏訪湖や長岡からの花火の提供もあり、本当に美しかったです。

 

 
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特に、中越地震から復興した長岡からのフェニックス花火はエネルギー溢れるものでした。「私たちも復興を遂げたので、あなたたちも絶対にあきらめないで下さい」っていう長岡からのメッセージに涙。

 

 

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地元の方々が笑顔で空を見上げる姿が見られてよかったです。 2年ぶりの開催。5000発の中に、石巻の方々の魂を感じ、私も元気をもらえました。

 

 

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花火終了後、電車とバスで松島に戻りました。3日目の宿は「ホテル絶景の館」です。

 

 

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3日間の移動距離がこちらです。翌日はいよいよ最終日です。